Skip to content

仮説の話。データの話。理屈の話。

  • by

データよりも上にくるのは自己の予見。
どう思うかの方が上。それとデータを照らし合わせる。
裁判の判決と同じ。結論ありきで、正しいかを検証していく。
◆仮説の話
仮説力は、考察力、アイデア力みたいなものとします。
これが優れた人は脳内に無限の統計データを持っているのと同じでは?と思ったのです。
であれば、格下は格上に勝てないはずです。
これらは、勝負事に関わらず、全ての世界で普遍的に通用するものだと思われます。
◆データの話
さて、統計データと一口に言っても、様々なものがあります。データは数字マジックとも揶揄され、本当に価値があるか疑問を覚えるものもあります。
勿論、データ軽視というわけではありません。
その中でも、より確かなデータは過去の事実のデータです。
例えば、過去の日本の元号の総数は〇〇個。これは過去の事実ですね。
これらは信憑度でいうならA級データです。
そうでないデータは2種類です。
まずはB級データ。
例えば、選挙アンケートなどはこの分類です。
選挙に行きますか、とヒアリングをして52%の人がはい、48%の人がいいえ。
確かなデータにも見えますが、あくまで参考程度にとどめるべきデータです。
何故なら、電話アンケートかテレビアンケートか、ネットアンケートか、などのどこの媒体を使ったかで大きく左右される可能性があるからです。
それと、分母の総数です。何人を対象にしたか、で大きく変わります。
それと、真実を述べているかという問題もあります。忙しいから、そこまで深く考えず適当に答えた、などの可能性は充分に考えられます。
なので、上記の選挙アンケート結果は、あくまで参考に過ぎないと言えます。
これはB級データ。
最後のC級データ。
これは、根拠があるかどうか、です。
例えば、野球のラミレス監督は、曜日ごとの成績でスタメンを決めるという記事を見たことがあります。
曜日で成績が変わるという根拠はないと思われるため、全く信用できません。
根拠がないデータ。これがC級データです。
◆仮説とデータの価値は近しい
大事なのは、ここからです。
A級データ以外は、答えがないこというとです。
選挙データは、だいたいこのくらいの人がいる、という程度の認識でいいのです。
野球のデータも打数で大きく左右されるので、大体の範疇を超えません。
そして、仮説力ですが、この仮説も「だいたいこのくらい」なのです。
勝負事において、相手がなにを考えるかを考察するのは基本的なことであり、考えが透けることは、負けの確率をかなり高めてしまいます。
相手がなにを考えているか、に正解はありません。
対戦後なら、答え合わせをすることも不可能ではありません。
しかし、赤の他人との真剣勝負の最中に思考を提供する者はいません。
なので、仮説しかないのです。
対戦ゲームは、このだいたいこれくらいだろう、という考えを元にストーリーを組み立てます。
相手がとある行動をした。

それは、こんな理由だろう。

それなら、こんな行動をしよう。
このように、仮説から始まります。
この仮説があっているかどうかは、そこまで重要ではありません。
あくまで、行動の元になる源泉であり、そこから、煮詰めていくだけだと思うのです。
間違っていたら、ではこう考えていたのか、と修正することができます。
対戦ゲームは、対応力が非常に大事ではあるのですが、それを可能にするのも仮説力だと思います。
仮説に答えはありませんが、この正解率を高めるのは、仮説の数と質です。
質は理屈に無理があるかどうかが大事です。さらに仮説の数も必要です。
仮説の瞬発性も大事ですが、数の多さは瞬発性も伴うと思うので、同義と思います。
精度が高いと、
相手がとある行動をした。

それは、こんな理由だろう。 ← 注。ここに大きな差が出ます。
そもそも、この3つの段階では、どんな能力が必要なのか。
1相手がとある行動をした。

2それは、こんな理由だろう。

3それなら、こんな行動をしよう。
・相手がとある行動をした。
これは、目に見える情報なので、差はないです。
差が出るとしたら動体視力と集中力でしょうか。
・それは、こんな理由だろう。
これは、先述のように仮説力。
・それなら、こんな行動をしよう。
これは、知識。最適な行動を引き出す知識とストーリーを上手く作る構成力とミスをしない反復力。
これを見ると、2番目だけは、ゲームに関係ない発想力のようなものが活きると思うのです。
◆仮説力の凄さ
よく勘違いされそうなことは、eスポーツが強い人は、ゲームが上手い人という誤りです。
そうではなく、頭がいい人です。
頭の良さにも色々あると思いますが、ここでいう頭の良さは、仮説力です。
単にゲームが上手い人は戦術が使えるだけで、普遍的である戦略の部分を突き詰めることができません。
フィジカルスポーツはフィジカルの影響が大きいため、仮説力はeスポーツなどと比べてそこまで大きな要素にはなりえないでしょう。
野球などは仮説力は大きい要素になるスポーツかと思います。
さて、どの対戦ゲームも戦術と戦略は基本中の基本で、軽視すべきでないものだと思います。
個人的には、戦術とは、目に見えるもの、戦略は目に見えないもの、とかねてより思っています。
仮説力は、目に見えない部分なので、簡単に盗まれない価値が高いものと考えます。
野球の変化球は握りや軌道は映像を見れば誰でも盗めますが、プロの選手がそれをどのタイミングで有効的に投げているか、は仮説になってきます。
作曲もかなりセンスが問われそうな世界です。目に見えるセオリー的なもの(戦術)だけではいい曲は書けないと思うのです。
このように、どの世界の上級者も、頭の中に無限のエクセルのような折れ線グラフや円グラフを持っている、と思っています。
そう考えると、成果の違いも納得できます。
知識の数はその場の対応に差を生むものとは思いません。
知識の数はアウトプットに特化をし、新たな問題解決力には大した役には立たないからです。
なので、他人と差をつけるのは、仮説力だ、という考えに個人的には至ります。
勿論、知識あっての仮説力ということもあるので、知識を特段に軽視する訳ではありませんが。
◆まとめと理屈の話
以下まとめです。
B級データと高精度の読みの数値、これらはニアリーイコール。
ここで改めて、高精度の仮説について。
上記で、仮説の精度とは、「理屈に無理がないこと」と述べました。
仮説の中でも理屈力が高い仮説力が最強と思います。
歴史の発見も事実が最強です。
地層の発見や恐竜の化石の発見は事実です。これにより、歴史はアップデートされます。しかし、事実がないものは仮説でしかありません。
恐竜の絶滅も宇宙の膨張も地球の誕生も仮説でしかありません。
恐竜は巨大隕石がもたらした自然環境の変化により滅びた「だろう」…としか言えないのです。
なので、答えがないものは理屈力で決まります。
最高裁の判決でも答えに困る微妙な判決を求められた場合は、裁判長が理屈で決めます。倫理や道徳はその下です。理屈の元にそれらがあると思います。
とある学者がテレビのバラエティに出演した際、学生の頃は自己の意思や考えがないことに困ったと言っていました。
理屈によって、今はあらゆることを思考することで困らなくなったそうです。
これは自分にも当てはまることで非常に共感します。
このように、人の意思の最上位にも理屈は来るのです。
理屈力を伴った仮説力。これが最強なのでしょう……か?わかりませんが、現時点ではそうなのかなぁと思います。
以下、総括です。
世の中で最も信用できるのは、事実のデータ。
次点は、事実以外のデータと、理屈を伴った仮説。そして、これらは似たようなもの。
侍エンジニア塾 炎上